最高裁判所第二小法廷 昭和48年(オ)118号 判決 1977年3月11日
土屋はる訴訟承継人兼本人
上告人
土屋全民
外四名
右五名訴訟代理人
安藤章
外一名
上告人土屋はる訴訟承継人
上告人
杉山珠子
外三名
右四名訴訟代理人
安藤章
外一名
被上告人
曹成玉
右訴訟代理人
高橋保治
外二名
主文
原判決主文第二項以下を次のとおり変更する。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人安藤章、同青木至の上告理由第一点及び第二点について
原判決は、(1)第一審判決添付土地目録記載の本件土地一〇二七坪三合は、上告人らの被承継人である土屋はる及び上告人土屋全民、同土屋節子、同澤田とみ江、同澤田禎子、同吉田和子の六名(以下「土屋はる外五名」という。)の共有であり、訴外人八幡早助がこれを賃借して、その地上に同添付建物目録記載の本件建物を所有し、右建物に抵当権を設定して、その登記を経ていた、(2)被上告人は、昭和三五年一二月一五日訴外人八幡から本件土地の賃借権を譲り受けたが、その際本件建物に抵当権が設定されていることを知つていた、(3)貸主である土屋はる外五名は、同日右賃借権の譲渡を承諾すると同時に、被上告人との間に、あらためて賃料一か月坪当たり一五円、期間二〇年、一回限り譲渡可能との特定の賃貸借契約を結び、被上告人から承諾料三四七万四〇〇〇円の支払を受けた、しかし、右賃貸借契約は、その実質においては、右承諾によりすでに土屋はる外五名と被上告人との間に効力を生じている賃貸借関係を確認し、賃貸借の具体的内容を明確にするためのものであり、被上告人は訴外八幡の賃借権の承継人であるにとどまる、(4)その後本件建物の抵当権が実行されて、訴外福入商事株式会社(以下「訴外会社」という。)がこれを競落し、昭和三八年五月二日ころ引渡命令により訴外八幡から本件建物の引渡を受けて本件土地の占有を取得し、そのころ本件建物につき競落を原因とする所有権移転登記を受けた、(5)土屋はる外五名は同年六月一四日ころ訴外八幡から訴外会社への賃貸権譲渡を承諾し、このため被上告人が本件土地を使用収益することは不能となつた旨判示したうえ、土屋はる外五名は訴外会社の賃借権取得に承諾を与えたことにより本件土地を被上告人訴外会社とに二重に賃貸したことになり、その結果、訴外会社に対する対抗要件を具備していない被上告人に対して本件土地を使用収益させるべき義務が履行不能となつたものであつて、右履行不能は土屋はる外五名の責めに帰すべき事由によるものであるとし、一方、右抵当権の設定されていることを知りながら賃借権を譲り受けた被上告人にも自己の賃借権を確保保全するため信義則上要求される義務を怠つた過失があるから六割の過失相殺をすべきであるとして、被上告人の右履行不能に基づく損害賠償請求を本件土地賃借権の時価の四割相当額の限度で認容した。
ところで、土地の賃借人が当該土地上に所有する建物に抵当権を設定したときは、原則として、右抵当権の効力が当該土地の賃借権に及び(最高裁昭和三九年(オ)第一〇三三号同四〇年五月四日第三小法廷判決・民集一九巻四号八一一頁)、右建物について抵当権設定登記が経由されると、これによつて抵当権の効力が右賃借権に及ぶことについても対効力を生ずるものと解するのが相当であり(最高裁昭和四三年(オ)第一二五〇号同四四年三月二八日第二小法廷判決・民集二三巻三号六九九頁参照)、右抵当権設定登記後の土地賃借権の譲受人は、対抗力ある抵当権の負担のついた賃借権を取得するにすぎないのであるから、右抵当権の実行による競売の財落人に対する関係においては、競落人が競落によつて建物の所有権とともに当該土地の賃借権を取得したときに、賃借権を喪失するに至るものというべきであり、さらに、競落人が右競落による賃借権の取得につき賃貸人の承諾を得たときには、右譲受人は、賃貸人との関係においてもまた賃借人としての地位を失い、賃貸借関係から離脱するに至るものと解するのが相当であつて、賃貸人と譲受人及び競落人との間に二重賃貸借の関係を生ずるものではない。以後、賃貸人は譲受人に対して当該土地を使用収益させるべき義務を負わないのであるから、その履行不能を論ずる余地もないのである、そして、本来賃借権譲渡に関する賃貸人の承諾は、賃貸人との関係において有効に賃借権を譲渡することができるよう賃借権に譲渡性を付与する意思表示にすぎないのであるから(最高裁昭和二七年(オ)第一〇五五号同三〇年五月一三日第二小法廷判決・民集九巻六号六九八頁参照)、賃貸人は、譲受人に対し賃借権の譲受を承諾したからといつて、そのために競落人への賃借権の移転を承諾してはならない義務を負うことになるとは解されず、前述のように賃貸人が競落人に対し賃借権の移転を承諾したこともない譲受人が賃借人としての地位を失う結果となつても、それはもともと譲受人の取得した賃借権に付着していた抵当権の負担が具体化したことによるものにすぎないのであつて、これをもつて、賃貸人の責に帰すべき事由によるものとすることはできない。
そうすると、前記原審の確定した事実から、土屋はる外五名が訴外会社の賃借権の取得を承諾したことにより、被上告人と訴外会社と二重に賃貸したことになり、被上告人に対して本件土地を使用収益させるべき土屋はる外五名の債務がその責めに帰すべき事由により履行不能となつたとして債務不履行責任を肯定した原審の判断は、右法令の解釈を誤つており、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
そして、原審の確定した事実に右法令を適用すれば、上告人らは被上告人に対しその主張の賃貸借契約上の債務不履行責任を負うものではないことが明らかであり、上告人らに対し右債務不履行を理由として損害金の支払を求める被上告人の本訴請求は、失当として棄却すべきものである。
よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本林譲 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊 栗本一夫)
上告代理人安藤章、同青木至の上告理由
原判決には理由不備、理由齟齬があり、若しくは判決に影響を及ぼす法令の解釈適用の誤り又は審理不尽があるから破棄は免れない。
第一点 昭和四〇年五月四日の第三小法廷の判例によれば借地上の建物につき設定された抵当権の効力は敷地賃借権に及び、競落の附随的効果として、賃借権は競落人に移転するからその抵当権設定登記後土地賃借人から敷地賃借権を譲り受けた者の権利は、競落により覆滅せられる(我妻・担保物権法二九四頁)条件付賃借権(薬師寺・民商法八巻一号九六頁)であるところ、原判決は、右譲り受人の賃借権は競落にも拘らずなお存続すると誤つて解釈し、その結果、競落人と右譲受人とは二重賃貸借が成立するとの重大な誤りを犯した。
(一) 原判決の確定したところによれば「八幡早助は上告人らの光代孫三から昭和十二年、本件土地を賃借し右土地に本件建物を所有し、該建物につき、抵当権を設定しその旨の登記がなされたところ、被上告人は昭和三五年十二月十五日八幡早助から本件土地賃借権のみの譲渡を受け、右譲渡につき、上告人らの承諾を得た(その際被上告人と上告人らとの間に新規賃貸借がなされたかどうかの認定事実については(二)、に述べる)がその後、昭和三八年五月二日ごろ右抵当権の実行により福人入商事株式会社(以下福入商事という)が競落し本件建物の所有権を取得した。
福入商事は昭和三八年五月二日頃、引渡命令により本件建物の引渡を受けてその敷地である本件土地の占有をし、本件建物につき競落を登記原因とする所有権移転登記を経由し、上告人らが同年六月十四日八幡早助から福入商事への本件賃貸借の譲渡を承諾した。」というものである。
(二) そして原判決は「被上告人は八幡早助から本件土地賃借権を譲受け上告人からの承諾を得ると同時に、あらためて上告人らとの間に本件土地について賃貸借契約を締結し、上告人らから直接に賃借権を取得していると解する余地はないわけではないが、被上告人と上告人との間に締結された賃貸借契約はその実質においては、賃借権譲渡についての上告人らの承諾によりすでに被上告人と上告人らとの間で直接に効力を生じた賃貸借関係をあらためて確認し、賃貸借の具体的な内容を明確にするためになされたものとみるのが相当であるから実質的にみれば被上告人は八幡早助の賃借権の承継人である」と、抵当権の効力の及ばない新たな賃借権を有するとの被上告人の主張事実を否定した。
(三) ところで原判決は「土地賃借人が該土地上に所有する建物について抵当権を設定した場合には原則として抵当権の効力は当該土地の賃借権に及び、建物競落人と賃借人(抗当権設定登記後に賃借人から賃借権の譲渡ないし転貸を受けた者を含む)との関係においては右建物の所有権とともに土地の賃借権も競落人に移転すると解するのが相当である」と解釈したのであるから、被上告人の本件土地賃借権は福入商事に競落されたことより、競落の付随的効果として本件建物所有権と共に同会社に実体上当然に移転し、被上告人の土地賃借権は覆滅せられ当然に喪失したというべきが論理的帰結でなければならない。にも拘らず原判決は右競落後も被上告人の賃借権はなお存続すると誤つて解釈して、上告人らが被上告人に対し本件土地を使用収益させる義務があると判示して被上告人の請求を認容したのは抵当目的物の用益に対する抵当権の拘束力に関する法律及び判例の解釈を誤つたものといわざるを得ない。
(四) 原判決は「建物競落人の本件土地賃借権の承継取得を上告人らにおいて承諾すれば、賃貸人である被告らは本件土地を原告と建物競落人とに二重に賃貸した法律関係を生ずることになり、後記認定のように賃借人である建物競落人が既に本件土地の占有は取得しているのであるから、占有を取得していない賃借人である原告は占有を取得した賃借人である建物競落人に対し賃借権を対抗することができないことになり、ひいて占有を取得しなかつた賃借人である原告に対する賃貸人(被告ら)の本件土地賃貸借上の義務は履行不能とならざるを得ない結果を招来する……」という。
しかし、競落人に対する土地所有者の承諾は対抗要件の問題であり(通説)前記のとおり競落により敷地賃借権は当然に競落人に移転し、それにより実体上喪失した被上告人の賃借権は、土地所有者の承諾により生ずるものではない。
被上告人が八幡早助から譲り受けた敷地賃借権は既に該建物上に設定登記されている抵当権の効力が及んでおり、該建物の競落により覆滅される運命にある賃借権(解除条件付賃借権)で、上告人の被上告人に承する承諾は、その限りの賃借権に対するものであり、競落後も維持されるものではない。(判例の多数は賃貸人である土地所有者の承諾は対抗力の問題としている)
原判決は実体上の権利の変動と対抗要件の問題とを混同して一緒くたに論じた論旨一貫しない誤ちを犯している。
上告人らは福入商事が本件土地賃借権を取得し被上告人は本件賃借権を喪失したのであるから、同会社に対し承諾を与えても二重賃貸借の成立の余地はない。二重賃貸借の成立を認めた原判決は法律判例の解釈適用を誤り若しくは理由不備の違法があるといわざるを得ない。
第二点 原判決が上告人らにおいて、使用収益義務、不承諾義務があると解釈し、その結果、履行不能を認めたことは法令の解釈、適用を誤つたものといわざるを得ない。
(一) 原判決は被上告人が福入商事に対し本件土地の賃借権を主張できるかどうかということと上告人らが被上告人に本件土地を使用収益させるべき賃貸借上の履行不能がいずれの当事者の責に帰すべき事由に基づくかは全く別の事柄であるとか。上告人らは被上告人が福入商事に対し賃借権を主張できない場合でも賃貸人として被上告人に対し本件土地を使用収益させる義務を負担するとか。被上告人と福入商事間の法律関係にかかわりなく、本件建物競落人である福入商事に対し賃借権譲受につき承諾を与えるべきでないとか。上告人らは福入商事に承諾を与えれば、被上告人に対する賃貸借上の義務が履行不能になり、この履行不能につき責に任じなければならないからこれを回避するためには承諾を与えてはならない意味において、被上告人に対し福入商事に対する承諾を与えてはならない義務を負担するとか、という理由をもつて上告人らが福入商事に対し承諾を与えたことに因り上告人らの被上告人に対する使用収益をさせる義務の履行不能を生じその履行不能は上告人らの責に帰すべき事由により生じたというものである。
(二) しかし、この点に関する原判決は前述したとおり、借地上の建物である本件建物に抵当権が設定され、その設定登記後、抵当権実行までの間、抵当権設定者である敷地賃借人の八幡早助からその敷地である本件土地の賃借権を譲受けた被上告人の法律上の地位について、判例・法律の解釈・適用を誤つたので、理由不備、理由齟齬の違背を招来したということができる。
(三) すなわち、特に上告人らは被上告人が福入商事に対し賃借権を主張できない場合であつても被上告人に対し本件土地を使用収益させる義務があるということ、上告人らは被上告人と福入商事間の法律関係にかかわらず、福入商事に対し賃借権譲受につき承諾を与えるべきでないことはいずれも原判決が被上告人の上告人らに対する本件土地の賃借権と福入商事が競落により取得した本件土地の賃借権とは全く、別個のものであると誤つて解釈したからである。しかし前述したとおり、被上告人が八幡早助から譲受けた賃借権は将来建物が競落されたときは、覆滅されるべき運命にあるもので「条件付賃借権」であり(原判決の認定によつても被上告人は将来かかることが発生することを予期して八幡早助から譲受けたとされている)このことは被上告人が右譲受賃借権をもつて競落されるまで本件土地を「事実上」使用し得たことをみても明らかである。しかし被上告人の右賃借権の寿命は前述のとおり競落されるまでであり、競落されるとその賃借権は覆滅して建物競落人に当然に移転し被上告人は右賃借権を喪失するに至るのである。福入商事が競落に因り取得した本件土地の賃借権は土地所有者である上告人らに対する対抗問題としては残るが(この点は原判決の認定にもあるとおり、上告人らは被上告人に対する承諾の際上告人らは第一回に限りその譲渡を予じめ承諾しているから福入商事は改めて上告人らからの承諾は不要であつた)被上告人の上告人らに対し有していた本件土地賃借権と全く同一のもので、福入商事は被上告人の承継人であり、別個の賃借権ではない。原判決は被上告人の賃借権は競落されたのちも被上告人のもとに存続するとし、被上告人の賃借権を福入商事の賃借権と別個のものと解するから被上告人が福入商事に対し賃借権を主張できない場合でも、また被上告人と福入商事間の法律関係にかかわりなく、上告人らは被上告人に対し本件土地は使用収益させる義務があるとか福入商事に対する承諾を与えてはならない義務があるというような誤つた結論に到達するのである。第三者に競落されてしまえば被上告人の賃借権は競落人に移転して被上告人は本件士地に対する賃借権を喪失するから上告人らは被上告人に対し原判決のいうような使用収益義務、福入商事についての不承諾義務はなく、したがつて履行不能の問題は生じないのである。この点について、原判決には、法令の解釈、適用を誤つた違背がある。
<以下省略>